大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和41年(ワ)235号 判決 1967年4月25日

原告 日本通運株式会社

右代理人弁護士 佐藤貫一

被告 徳丸平一

被告 貫井直子

被告 貫井道子

被告 貫井信子

被告 柏滋子

被告 荒川久代

右六名訴訟代理人弁護士 原秀雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は「被告らは、原告が、蕨市大字蕨字仁中歩四七三〇番の三、宅地四四二、三一平方米(一三三坪八合)並びに同市大字蕨字仁中歩四七三一番の三、宅地三一七、三五平方米(九六坪)(以下本件土地という)に対し、賃貸借期限昭和四六年一〇月末日、賃料一ケ月三、三〇平方米(一坪)当り金四〇円とする賃借権を有することを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決を、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、訴外蕨駅通運株式会社は、徳丸平五郎および貫井金次郎よりその共有にかかる本件土地を昭和一六年一一月一日、堅固の建物以外の建物所有の目的で賃料一ケ月金六八円九四銭、存続期間同日から昭和四六年一〇月末日までの約で賃借した。その後原告は同訴外会社を吸収合併し被告徳丸平一は徳丸平五郎の死亡により被告貫井直子、同道子、同信子、同柏滋子及び同荒川久代は、貫井金次郎の死亡により、それぞれ相続し、互に賃借人または賃貸人の地位を承継した。しかして、賃料は、現在、一ケ月三、三〇平方米(一坪)当り金四〇円となっている。

二、しかるに被告らは最近に至り原告の本件土地に対する右借地権を否認するので請求趣旨記載の判決を求める。

第三、被告の答弁および抗弁

一、請求原因事実中現在の賃料の点を除き全部認める。現在の賃料は一ケ月三、三平方米(一坪)当り四三円であった。

二、抗弁

(一)  本件賃貸借契約には初めから、本件土地につき公用徴収其他市区改正等により収用制限せられ、賃貸借契約を継続すること能わざる事情が生じた時は、賃借権は当然、消滅するとの特約があった。しかして昭和三八年一〇月二一日本件土地につき、土地区画整理法にもとづき蕨市の蕨都市計画蕨駅前西口土地区画整理事業の施行により街廓番号二〇、符号一に仮換地を指定せられ、その効力が同年一〇月二五日発生し、同法によりその使用収益が制限せられ、本件賃貸借を継続することができない事情が生ずるに至った。したがって、右効力発生の時をもって本件借地権は消滅したものである。

(二)  仮りに、右が認められないとしても、昭和三八年一月、原告の川口支店長塚越恒男と被告らとの間において、本件賃貸借契約は、都市計画の進捗に伴い、仮換地が指定されても、同地へは、本件土地上の原告所有の建物を移転せず、他に移転することとし、そのときをもって本件賃貸借を解除とする旨の特約をしいた。

しかして、右塚越は、原告の川口支店における営業の主任者たることを示すべき名称を附したる使用人であって、同支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされ、営業主たる原告に代って右特約をする権限を有していたものである。そして、原告は、右土地区画整理事業の実施にともなって、本件土地上の原告所有の建物を昭和四二年一月、他の土地へ移転を完了した。よって、その時をもって、本件賃貸借契約は合意解除となり、借地権は消滅した。

仮りに、右塚越において、右代理権限が付与せらていなかったとしても、被告らは、善意の第三者であるから右期限をもって被告らに対抗し得ないものである(原告の再抗弁に対する再々抗弁)。

(三)  仮りに、右理由がないとしても、原告は、当時、右特約の有効、したがって、借地権の消滅を前提にこれを自認して、右土地区画整理事業施行者に対し、借地権があることの権利申告の手続をとらなかったばかりでなく、川口支店長、浦和支店の業務課長、経理課長らをして、本件仮換地を使用収益する意思はない、本件土地(仮換地を含む)以外の然るべき借地を斡旋された旨申出でている程であり、本件土地上の原告所有建物(三棟)も他に移転を了え、その補償金も全額受領しているのであって、現在に至って、右特約の無効、借地権の存在を主張することは、信義則ないし禁反言の法理に反し、許されない。

(四)  以上理由がないとしても、前記仮換地の指定が効力を生じ従前の宅地である本件土地について、同法九九条によって使用収益をすることができず、また、仮換地についても、原告が、権利の申告の手続をしないため、施行者より仮換地につき使用収益しうる部分の指定を受けておらないので、いずれの土地についても、使用収益をなし得なくなった結果、本件借地権は、消滅するに至ったと解すべきである。

第四、被告の抗弁に対する原告の主張および再抗弁

(一)  被告の抗弁(一)に対し、その主張のような特約が存したこと、本件土地につき仮換地の指定があり、その効力が生じ、従前の宅地である本件土地につき同法により、使用収益が制限せられるに至ったことは認める。しかし、右特約は、いわゆる例文であって、その効力はない。仮りに、その効力があるとしても、仮換地指定によって、本件土地に対する借地権を失うものではないから、未だ賃貸借を継続すること能わざる事情が生じたといえない。

(二)  同抗弁(二)に対し、その主張の日時、原告の川口支店長塚越との間で被告主張のような合意解除の特約をし、地上建物を他に移転したことは認める。しかし、右特約は無効である。それは原告の川口支店長塚越恒男には、原告を代理して、そのような特約をする権限がなかったからである。そして、その権限がないことについては、被告らは、悪意である。したがって、表見支配人の法理の適用はない。(原告の再抗弁)

(三)  再抗弁。仮りに、原告の右主張が理由がないとしても、右合意解除の特約は、要素に錯誤があって無効である。すなわち、右塚越は、その前に、被告らが本件土地を原告に賃貸していないと称して、賃料も受け取らなかったので、原被告間に円満な賃貸借関係を樹立するため、賃貸借を確認する意味の契約を申し入れたことから右特約を結ばされるに至ったのであるところ当時、自己にその代理権限があると誤信していたばかりでなく右特約は、当事者間の賃貸借関係を円満にするためであって、そう約しても、引続き被告らより借地できるものと錯誤していたのである。しかし、もし、その誤信がなかったなら、右特約はしなかったことが明白であるから、要素に錯誤がある。

(四)  再抗弁。仮りに、右が認められないとしても、当時、今後指定されるべき本件土地の仮換地え、原告の現存建物の移築はしないでも、仮換地上に被告らが建物を建築し、その建物を原告に使用せしめるとともに、その換地を原、被告らが共同使用する、という了解がついていて、それを信じて原告は前記合意解除の特約をしたのである。しかるに、当時、被告らは、そのような意図がなかったというのであるから、結局その意思を有するが如く装い、原告を欺罔して右特約を締結せしめたのであるから、昭和四二年四月四日の口頭弁論において被告らの詐欺を理由として、右意思表示を取消す。

(五)  被告の抗弁(三)の事実中、原告が当時、権利申告の手続をとらなかったこと、本件土地上の原告所有の建物を他に移転し、補償金を受領していることは、認めるが、その余の点は否認する。

(六)  被告の抗弁(四)の主張は否認する。仮換地の指定があったときは、従前の宅地につき、仮換地につき施行者より使用収益しうる部分の指定通知がされなかったときは、仮換地についてそれぞれ現実に、借地権者の使用収益が制限されるということはあっても、実定法上の根拠もなく、また他に何等の理由もなくして借地権者が権原にもとづき有した借地権が当然に、失わされるものではない。原告は、現実には使用収益できなくても、観念的には、依然として権利としての借地権を有するものである。被告の主張は理由がない。

第五証拠。<省略>

理由

一、本件土地につき、賃料の点を除き原告主張の借地権が原被告間にあったことは当事者間に争いがない。

二、そこで、まづ、被告の、当初から存した借地権消滅についての特約を前提とする抗弁(前記第三の二、(一))について判断する。本件借地契約の当初において、本件土地が「公用徴収その他市区改正等に因り収用使用制限せられ、賃貸契約を継続すること能はざる事情生じたるとき」は、賃借権は当然消滅するものとする旨の特約の存したことは、当事者間に争がない。

よって、その効力につき按ずるに、右特約は、成立に争ない乙一号証(甲第三号証と同一)の公正証書に記載されているがその体裁をみるに、既に印刷された不動文字であること明白である。そして、右契約がなされた時期は、同号証によれば、昭和一六年一一月一七日であって、当時における公知の社会状勢賃貸人と賃借人の地位・立場、に対する公的制限の状態等と考え合すと、公正証書による契約であるとはいえ、当時の当事者が、特にこの特約に拘束され、その文言にしたがう法律効果を発生せしめる趣旨で約定したものとは認め難く、いわゆる単なる例文に過ぎなかったものと解するのが相当である。よって、これが有効なることを前提にする被告の抗弁は、他の説示をまつまでもなく理由がない。

三、つぎに、被告の昭和三八年一月になした合意解除に関する特約を前提にする抗弁ならびに原告の再抗弁等(前記第三の二の(二)および第四の(二)、(三)、(四))について判断する。

(一)  昭和三八年一月、原告の川口支店長塚越恒男と被告らとの間で「本件賃貸借契約は、都市計画の進捗に伴い本件土地内の建造物を他へ移転するときをもって解約し、換地への移転はおこなわない」旨の特約をしたこと、すなわち、本件土地上の原告の建物を土地区画整理事業の施行により他に移転したときは、そのときをもって、本件賃貸借を合意解除とする旨の特約をしたことは、当事者間に争がない。

しかして、成立に争ない<証拠省略>によれば、原告の川口支店長は、原則として右のような約定をする権限がなく、その権限があるのは、原告の浦和支店長であるが、浦和支店長は必要と認めるときは、川口支店長にその権限を復委任することができることも認められるところ、右特約を記載している乙第二号証(成立に争ない)に右証人の証言、被告徳丸平一の尋問の結果を綜合すると、右特約は、原告の川口支店長塚越恒男、同支店総務課長浅田尚、浦和支店経理課長長谷川らが相談の結果、成立せしめるに至ったことが認められる。

このように、浦和支店の経理課長も関与して締結されている以上、特段の事情のない限り、右経理課長の上司である浦和支店長が、同課長を介して川口支店長に右のような約定をする権限を復委任してなさしめたものと認めるのが、相当である。したがって、特段の事情の主張立証のない本件にあっては、右川口支店長に、右特約を締結する代理権限があったと認めるべきである。

とすれば、川口支店長に権限がなかったことを前提にする原告の無効の主張は理由なく、被告の表見支配人の主張に関してもその判断を示すまでもない。

(二)  ところで、原告は、右特約をするにつき要素の錯誤があり、被告らの詐欺によって意思表示をした旨再抗弁するが、原告提出の全証拠によるも、これを認めるに足りない(証人浅田尚の証言も未だその証左とはなし難い)。却って、前記各証拠のほか証人信原雄一の証言を綜合すると、右特約を含む乙第二号証の契約をするに至った経緯は、次のように推認できるので、原告主張のような再抗弁事実はなかったと認めるに十分である。

すなわち、賃貸人徳丸らは、兼ねて原告会社に対しては、不満と不信の念を抱いていて、両者間には若干の対立があった。ところで、本件土地については、昭和三六年一月頃、蕨都市計画蕨駅前西口土地区画整理事業の施行区域内に指定せられ、いずれは、原告会社も本件土地上の建物の存置が許されないことが予想されていた。そのためであろうか、原告は、本件土地上の倉庫の代りに、川口市青木町に倉庫を建てることにした。したがって、原告としては、将来、本件土地の換地が指定されても同所を賃借する要はなくなったが、ただ、現実には、本件土地上の建物を土地区画整理事業施行により他に移転するのやむなきに至るまでの間は、従前同様本件土地上で営業を継続して行くため、それまでの間、本件土地の賃貸借を円満に維持しておく必要はあった。原告は、昭和三六年一月以来、施行者によって、仮換地に権利行使をしようとする借地権者は、権利申告の手続をするよう周知宣伝され、その旨を熟知していたが、その手続もしなかったところ、昭和三七年一二月頃、被告らより本件賃貸借契約解約の申入れを受けたので、それを機会に、前記の川口支店長、同支店総務課長、浦和支店経理課長らが相談のうえ、前記特約事項は異議なく承諾するが、被告らに、本件賃貸借契約は建物の移転をするまでは、従前通りとするとの条項、土地区画整理事業による本件土地上の建物取りこわしに対し補償金の請求等で施行者(蕨市)えの手続上、もし、賃貸借両者の同意を必要とする場合は、被告らは原告に協力してその同意をするとの条項も認めさすこととし、右総務課長に右三条項の趣旨を盛り込んだ乙第二号証原案を作成させ、昭和三八年一月、被告らの署名捺印を得て、その旨の契約がなされた。それらの話し合いのうちで、本件土地の換地が定まったときは、被告らと原告らが互に出資して新会社を作り、その会社に同地上に建物を建築させ、その建物を原告が賃借してはどうかという漠然とした話題が出たことがあるが、何等具体化されることなく、これとは無関係に乙第二号証が作成された(これに反するかのような証人浅田尚の証言部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない)。

だとすると、原告主張の右再抗弁は理由がない。

四、さて、右のような合意解除の特約の効力を考えてみるに、右認定の経緯のとおり、右の特約は、借地権者の更新請求権を失わせる目的をもってしたとか、その他、借地権者に不当不利を強いる目的のもとにしたなどの特段の事情は全く存せず、借地権者である原告が、土地区画整理事業により本件土地より建物を他に移転させられるまで本件土地を賃借し得れば足り、それ以上、借地権を存続せしめる必要がないとして、そのときをもって自ら、借地権を放棄する意思をもってなしたものであって、借地法一一条にいう借地権者に不利な特約にはあたらず、有効なものと解することができる(借家法に関してであるが、期限付合意解除が借家法六条に反しないとする最高裁判所昭和三一年一〇月九日判例参照)。

さすれば、昭和四二年一月、原告が本件土地上の原告所有の建物を蕨市施行の土地区画整理事業の施行により他の土地に移転を完了したことは当事者間に争がないので、その時をもって本件賃貸借は合意解除となり本件借地権は消滅に帰したといわざるを得ない。

五、そうだとすると、被告のその余の抗弁について説示するまでもなく、原告の請求は、理由がないから、これを棄却し、<以下省略>。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例